向き合ってくださる主
Q. 本当に祈りたい、と思う時って、どんな祈りになりますか?
- 問いを受けて、み言葉が思い出された。
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「苦難の日にはわたしを呼び求めよ。わたしはあなたを助け出そう。・・(詩篇50:15)」
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本気で祈るときは、言葉も湧いてこないほどの苦難のときかもしれない。
いつも、崖の上で、ひとり、倒れている羊の姿が現れる。
涙は羊の顔をつたって、そのまま土に消えていく。
そんな中で、神さまは言われる、
「わたしを、呼び求めよ」と。
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天におられるわたしたちの父よ、御名が崇められますように。
御国が来ますように。御心が行われますように、天におけるように地の上にも。
わたしたちに必要な糧を今日与えてください。
わたしたちの負い目を赦してください、わたしたちも自分に負い目のある人を赦しましたように。
わたしたちを誘惑に遭わせず、悪い者から救ってください。(マタイ6:9~13)
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主の祈り、を祈るとき、
父なる神さま、神さま、と、神さまの御名をよぶ。
神さまは、わたしたちに、いつでも、向き合ってくださる方だ。
だから、「わたしも、今、あなたに向き合います」という気持ちで、
神さまの御名をよびたい。
神さまは、耳を傾けてくださっている。
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わたしたちに必要な糧を今日与えてください。(マタイ6:11)
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モーセがイスラエルの民と共にエジプトを出て約束の地に入るまで、
神さまは、イスラエルの民1人1人に、その日のパン(マナ)を与えられた。
もっと蓄えておきたい!と思った一部の民は、余分にお取り置きしたようだが、その分は傷んで、食べられなかった。
足るを知る。
わたしは、対話のとき、言葉が思い浮かばなくて、
「あ~、あのこと話したかったのに、忘れていた、ざんねんだった!」
みたいなことが、時々あったりしますが、
「あ、今日の口からでたことが、今日のすべてだったんだ。」と思うと、
そこにも、神さまのお計らいが存在していたと、あとから思います。
ただただ、感謝にあふれた時間なのでした。
「主の祈り」の前に、イエスさまが言われたみ言葉、
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あなたがたの父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存じなのだ。(マタイ6:8)
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神さまは、わたしたちの願いのすべて、必要のすべてを
知っておられる方だ。
だから、なにごともあきらめずに、祈り続けたい。
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イスラエル人は人の住んでいる地に来るまで、四十年間、マナを食べた。(出エジプト16:35)
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神さまは、イスラエルの民の、信仰の歩みを見守られ、
日々の糧を、40年も、備えてくださる方だ。
神さまに信頼して、祈り続けて行きたい。
あらためて、
「主の祈り」のひとつひとつの祈りを唱えながら、
神様と向き合い、深い平安の中で、
心を込めて祈ることができたらと思います。