テサロニケでの騒動


「テサロニケでの騒動」。何があった?

パウロたちは2回目の伝道旅行でヨーロッパに向かうことになった。ローマ帝国の植民都市ピリピの町の後に訪れた、テサロニケの町での出来事。

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パウロとシラスは、…テサロニケに着いた。ここにはユダヤ人の会堂があった。(使徒17:1)
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当時のローマ皇帝は、ユダヤ教について寛容であった。テサロニケという町にはユダヤ人の会堂があり、その町で、キリスト者であるパウロ達は、イエスさまの復活を人々に伝え始め、あるユダヤ人や多くのギリシア人や婦人たちが、イエスさまを信じた。

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しかし、ユダヤ人たちはそれをねたみ、…、ヤソンの家を襲い、二人(パウロとシラス)を民衆の前に引き出そうとして捜した。しかし、二人が見つからなかったので、ヤソンと数人の兄弟を町の当局者たちのところへ引き立てて行って…、(使徒17:5、6)
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「イエスこそメシアだ」という事を受け入れられないユダヤ人たちは、自分たちの信仰の根幹を揺るがす存在であるユダヤ人キリスト教徒・・パウロやシラスを、ローマの役人に引き渡そうとした。これが「テサロニケの騒動」。

まだ、キリスト教が、少数であった時代、ユダヤ人は、キリスト教徒のユダヤ人を迫害した。時が経つと、4世紀には、ローマがキリスト教を国教とする時代がやってきた。形勢は変わる。しかし、ユダヤ人の迫害は、形を変えて、あらゆる時代と場所に、現れた。

ユダヤ人の迫害の歴史を通して、人間がどのようなものなのかを考える。どちらの立場であったとしても、間違いを起こしやすい。人は、そんな性質をもっている。自分が正しいと思う気持ちを手放せない、自分を守りたいために相手を攻撃する、身を隠す、黙認する・・相手を赦すことの出来ない気持ちにとらわれる・・などなど。

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赦すことがむずかしいと感じた時は、イエスさまのことを考えたい。

イエスさまも、伝道する中で、同胞であるユダヤ人に憎まれ、人々から迫害され、十字架につけられた。それでも、彼は、私たちを責めることなく、「父よ彼らをおゆるしください(ルカ23:34)」と、神に、とりなしをしてくださった方。

イエスさまは、弟子たちに、このように言われた。
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あなたがたも聞いているとおり、『目には目を、歯には歯を』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。(マタイ5:38)
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わたしたちは、間違いを犯しやすい。

だから、

赦しがたいときこそ、イエスさまに、身をお任せしたい。

神さまを賛美しつつ、生きて、

神さまのなされることを、

ひとつひとつ、見つめていきたい。

人は、喜ぶために生まれてきたのだから。